Zatsugaku Museum
館長の私的記録
Private record Curator
冗談が本当になった企画 (別館-鉄道写真館-路線案内の事のはじまり)
 はじめは、ちょっとしたその場の冗談のつもりでした。でも、それは本気で取り組む企画になってしまったのです。全国の全線全駅をまわり、駅の写真を撮影し、それをホームページで紹介する。かなり、無理がある企画です。なんといっても、日本国内にある駅の数はJRの旅客駅だけでも、5000駅に迫るほどあり、これに私鉄も合わせると、約10000駅ほどという途方もない駅数になるのです。ですから、1駅の写真を20KBぐらいと考えても、20*10000=200000KB、約200MB、CD-ROMに保存するのが普通の容量です。ですから、普通のインターネット業者ではこんな大きな容量を貸してはくれませんし、ましてや、貸してくれたとしても、月に支払う利用料金は恐ろしい金額となることでしょう。

 しかし、話しの流れというものは恐ろしいものです。99.99%冗談だった話しが実現方向に動いてしまうのですから。友人が、乗る気になってくれたおかげで、こんな「とほほ」な企画が実現していくことになってしまいました。

 当面の間は、JR九州の駅と九州内の駅がこの企画の対象ですが、果たしてどこまで進むことやら……。途中で挫折する可能性大のこの企画、暇と予算と体力と、やる気が続いてくれるまでは、頑張ってみますか!

Jun.23.1998執筆

日豊本線、久大本線、豊肥本線の3線をまわって
 この3線は、最初から本格的に写真撮影にまわった路線ですが、この路線をまわってちょっと気づいたことが2、3あります。

 まず第1に、結構JRになってから立て替えられた駅舎が多いということ。宮崎駅や熊本駅、西鹿児島駅といった九州屈指の都市はもちろんのこと、田舎のみるからに利用者が少なそうな駅でも、見たところ結構な数(具体的な数は数えてませんが、こういった駅の2、3割くらいといったところですか)が新しい駅舎に作り変えられていました。第2に、道路の駅へのアクセスが悪い駅が多いということです。今回、駅の写真を撮ってまわるにあたって、運行本数がそれほど多くなかったこと、比較的田舎の地方が多く渋滞に巻き込まれる可能性が低いことから、主に自動車でまわったのですが、都市部や一部の駅を除いた駅の、駅までの道の悪いこと……。多くの駅は国道と並行するようなところにあるにはあったのですが、国道からそこまで行くまでの道が、すこぶる悪いのです。離合が不可能なほどに狭い道であり、かつ勾配がきつかったり、道路の整備状況が悪くそこらへんが凸凹としていたりと、悪路の展示会のような状況でした。多くの場合、駅はその町の玄関口。利用者があまりない道路や橋を作るぐらいなら、こういったところを整備したほうがいいと思うのは私だけなのでしょうか?最近は、鉄道もやっと冬の時代を終え、新たなる時代へと進んで行こうと、JRや各私鉄ともにいろいろと新しい企画を出したり、新型車両を開発したりということに懸命です。ですが、どうも駅の整備に関しては鈍感なように感じます。駅は町の顔であり、お客様の乗り降りの場所です。例え1日に数10人しか利用者がいないような駅であっても、お客さんに気持ち良く利用してもらえるように整備したほうが、利用者アップの早道のように感じるのは、私だけではないと思うのですが……。

Jun.29.1998執筆

おかげさまで鉄道写真館、一周年
 友人との会話の中で生まれた企画、「鉄道写真館」はおかげさまで一周年を迎えることができました。これもひとえに、このページを暖かく見守って下さった皆様と、友人さにぃ氏のおかげです。一年というそれほど長くない時間の間に、JR九州の駅の大半を回ることができ、残るは「三角線」、「肥薩線」、「吉都線」、「指宿枕崎線」、「日南線」の5線のみとなりました。思えば、いろいろな駅を回ったものです。にぎやかな駅、さびしい駅、外見が特徴的な駅、駅舎が壊されてしまった駅。鉄道ファンとして、楽しい気分にしてくれることもあれば、悲しい気持ち、切ない思いをさせてくれた駅もありました。そして、駅からちょっとだけその地方の息吹を感じることができたものです。どうも私にとって、駅をめぐる旅は日本を知る旅のようです。この先、どこまで続けることができるか全く不明ですが、これからも頑張っていきます。

Apr.26.1999執筆

JR九州終了しました!
  「当面の間は、JR九州の駅と九州内の駅がこの企画の対象ですが、果たしてどこまで進むことやら……。途中で挫折する可能性大のこの企画、暇と予算と体力と、やる気が続いてくれるまでは、頑張ってみますか!」と書いてから1年とちょっとの歳月が流れていますが、いつまにやらJR九州の駅は全てまわってしまいました。いやはや、我ながらよくやったものです。ホームページがこれで20MBサイズになっているんですから……。「初めは大分だけ」、といってまわっていたものの気が付けば福岡、佐賀、長崎、熊本、宮崎、鹿児島と九州全県に渡ってしまい、最初の頃は、昼に出発し夜に帰っていたスケジュールも、前日の夜に出発、翌日の夜着という強行スケジュールも今では懐かしい思いです。ここまで、長いようで短い期間でした……。

 さて、過去を懐かしむのはこのぐらいにして、次なる取材へと参ります。今度は西日本です。山陽本線、東海道本線の2大幹線を始めにして、ここも路線も駅もいっぱいです。さて、果たして私は全てをまわることができるのでしょうか?

Sep.11.1999執筆

日常の延長にある非日常
 私が常々思うことは、どうしてこうも鉄道に魅せられてしまったかということ、本来の鉄道の魅力とは何であろうかということです。私は鉄道が好きです。しかし、「どうして好きなのか?」と問われると困ってしまいます。明確な答えなど、永遠に出せないと思っているほどです。

 ただ、やはり鉄道好きの人間としては、他の人に鉄道好きになって欲しいという気持ちは少なからず持っています。それは多分、他の趣味人達と同じ、もしくはそれ以上かもしれません。さて、そうなると魅力というものを説明できないといけません。明確にとはいかなくともです。そこで私は考えました。そして、ある一定の結論を出すに至りました。それは「日常の延長にある非日常」ということです。はて、ずいぶん難解な大学の講義のような結論です。これでは、何も結論がでなかった方がましだったかもしれません。まあ、ともかくでてしまったものは仕方がないので、解説を加えていくことにしましょう。

 鉄道とは日常の中で用いる交通機関です。ビジネス、通勤、買い物といった日常の中でです。普通、車窓は見慣れていますし、なんら変わりのないものです。ここでは、実に日常的です。しかし、これが旅ともなると事情が変わってきます。車窓は見慣れないものでいっぱい。一転して非日常となってしまいます。ですが、乗り合わせた乗客には見慣れた景色であり、日常なのです。つまり、鉄道は実に日常的な乗り物であるにもかかわらず、ちょっとしたことで、非日常へと導かれてしまうのです。うーん、いけませんね。解説まで訳がわからないものになってしまいました。自分の文才のなさをうらむしかなさそうです。

 ともかく、生活に密着したものでありながら、ちょっとしたことから旅を楽しめるというのが、鉄道の魅力ではないかと考える次第なのです。これは、一見たいしたことではなさそうですが、実にすばらしいことではないのでしょうか?よく考えてみてください。自動車では生活に密着しすぎて旅に出ても、日常生活との差異はさほどありません。また、飛行機では空を飛ぶという性格から非日常過ぎますし、旅として楽しむにはあまりにもあっけないものです。やはり、旅は鉄道です。

 長々と書いてきましたが、最初に書いた通り明確な結論などは出せそうにありません。ただ今は、鉄道という交通機関が末永く続き、人々に愛されることを祈るとしましょう。

1999年7月26日、鈍行旅行中の小倉駅にて

鉄道旅行は自由なり
 「電車で旅行?だめだめ、待つのめんどくさいし、第1、自由に旅行できないじゃない。」と、言われる方、考えられている方は、結構居られることと思います。確かに、どんなに都会でも5〜10分くらいは列車を待たなければいけませんし、ましてや、田舎のローカル線ともなれば1〜3時間くらいの列車待ちは覚悟しなければなりません。それに当たり前ですが、レールが敷かれている場所にしか行くことはできませんから、バイクや自動車のように幅広くどこやかしこに行くことは出来ません。こうなると、「制約だらけで、自由な旅行なんて到底望めない。」と言われる方のお気持ちもわかります。

 しかし、あえて私は言わせていただきます。「鉄道旅行は自由である」と。特にこのことは、フリー切符を利用しての旅行の時には当てはまります。何といっても、期間内で対象エリアないであれば、どこにどんな風にいつ行こうとも自由。しかも、運賃は一定で、時間通りに着く。こんなことは、他の交通機関では考えられないことで、鉄道旅行のみに許された自由といえるのではないでしょうか。自動車では大都市の都心には渋滞が考えられるために自由にとは普通行きませんし、どこに行こうともガソリン代が変わらないなんてことはありえません。それに、運転をする人がかならず必要で、遠くに行くにはやや面倒が付きまといます。また、鉄道旅行は駅から駅への旅ですので、途中下車して宿を手配することや、ご当地の観光地情報を得ることも簡単です。つまり、「鉄道旅行には制約があるが、それを引いて余りある他の交通機関では考えらない自由がある」ということが、私がいわんとするところなのです。

Nov.16.1999執筆

私の趣味は旅行です
 私の最大の趣味は旅行です。と、いっても飛行機でヒョイと目的地に行って、観光地を点々として帰ってくるパック旅行のようなものではありません。鈍行列車で、何時間も時間をかけてどこかに行き、着いたところをちょっと歩いて、気が向けば名所を少し覗き、また次の目的地へ鈍行列車で出かけて行く。そんな旅行です。

 こんなことを書くと、「よく途中で飽きないね」と、言われてしまいそうですが、案外これが飽きません。電車のシートに腰をかけていると、妙に赤い屋根の農家が多かったり、黄色いガードレールの道が走っていたりして興味を引きますし、その地方の香りがちょっとにおって来ます。また駅では地元の人とのちょっとした出会いがあります。思えば目的地へ着いた後よりも、目的地へ向うまでの間が楽しいことの方が多い気がします。

 今は、スピードと利便時代であり、どんどん新しいものが生まれ、取り入れらています。そして、人は便利になったと喜びます。確かに、新しいものは私たちに便利な生活を提供してはくれます。でもそれだけでしょうか。私は、鈍行列車で旅行をするようになって、飛行機や新幹線では得られない旅の楽しみを得ました。新しいものは、便利さを与える変わりに何かを奪ってはないでしょうか……。良く「モノの本質を見極める」といいますが、それは、「あるモノよって、得るモノと失うモノを見ることだ」と最近私は思うようになりました。

 鈍行列車での旅は、物事を多面的に見ることの大切さを私に教えてくれました。

May.1.2000執筆

ああ、我が家のパソコンよ!
 私は物には愛着を持つ人間で、1ヶ月でも使っていると、愛着を持ってしまいます。ですから、なかなかいらなくなっても捨てるに捨てられない!こうして、我が部屋の本棚には古い時刻表がところ狭しと並んでいます。

 さて、これはパソコンについてもいえる事で、新しいCPUなどが出て、旧型となり、やむなく新しい機種を買う事になるですが、ここで困るのが古いパソコンの行方。最近では、1年も立つと価値がないにも相応しいくらいまで下がってしまう為、よけいに売りに出すわけにも行かず、愛着もある為、ほとんど使い道もないパソコンがディスクの上にデーンと乗ったままになっています。私の性格からして、多分このパソコンはずっと同じディスクの上に居座りつづけそうです。

 そのわりに、「大切にしているのか」と、いわれるとそうではなく結構荒い使い方になっているのが現状です。自宅のデスクトップはキーボードにカーバをかけていないので、汚れるに任せたままですし、ろくに掃除をした覚えが在りません。また、ホームページの取材為に持ち歩く、ノートパソコンにいたっては、電車のシートより誤って落とす事多数。なんとなく申し訳なく感じる今日このごろです。

 我が家のパソコン、もししゃべれるのなら、主人たる私にいかなる評価をくれるのやら……。

Jun.21.2000執筆

旅のオアシス!?乗り換え時間
 特に田舎のローカル線などを鈍行列車で旅していると、途中駅で乗り換えや特急列車、反対方向の列車を待つ為に待ち時間が生じることがあります。一般にこういう時間は損失ですからもちろん利用者に嫌われますし、「10分、20分の乗り換え時間が1時間、2時間の時間損失に感じる」そうで、それを解消する為、山形・秋田新幹線が誕生したのだそうです。

 こうして、嫌がられる乗り換え時間や待ち時間ですが、私は結構こういう無駄といわれる時間が好きです。「また、天の邪鬼の事を……。お前は世の中と変わった事をするのが好きなだけだろう」などといった声が聞こえそうですね。確かに、そういう一面がある事は認めます。でも、本当にこういう時間もいいものなんですよ。この空いた時間にホームに降りて、背伸びしてみたり、キヨスクを覗いてみたり、時には駅弁をじっくりとみて買ってみたり……。さらに時間があいていれば、改札を一度出て駅前を眺めてみたり、軽く散歩をしてたりということも出来ます。また、車内でただぼーとするのも手です。私は思うですが、ちょうどいい旅のメリハリになるのではないでしょうか。

 今は「急げや、急げ」のスピード時代。何をするにしても、急いで、はやくといった世間ですが、無駄には無駄なりの効能があり、良さがあります。別に「時代に逆行しなさい」というつもりも、「今の世の中間違っている」というつもりもさらさらありません。ただ、「時には無駄に思えるものもいいものですよ」「無駄も考え方によっては楽しめますよ」といいたいだけなのです。

Apr.29.2002執筆


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